アベ首相の施政方針は、「一、はじめに」続いて「二、復興五輪」となっています。「2020年の聖火が走り出す、そのスタート地点は、福島のJヴィレッジです。かつて原発事故対応の拠点となったその場所は、今、わが国最大のサッカーの聖地に生まれ変わり、子どもたちの笑顔であふれています」「…これに合わせて、双葉町、大熊町、富岡町の帰還困難区域における避難指示の一部解除に向け、準備を進めます。浪江町では…」(1月21日、沖縄タイムス)。
確かに、言われている帰還困難区域における「避難指示の一部解除」が進められています。「東京電力福島第一原発に伴う帰還困難区域の特定復興再生拠点区域(復興拠点)の先行解除について、全町避難の続く双葉町は来年の3月4日、大熊町は同5日を軸に避難指示を解除する方向でそれぞれ国、県と最終調整に入った。この日程で決まれば帰還困難区域の解除は、設定された7市町村のうち双葉が初めてになる見込み。また、双葉の避難指示準備区域解除で同区域の設定もなくなる。先行解除に合わせ、双葉では復興拠点全域、大熊では拠点の一部で日中の立ち入りが自由になる」(12月20日、福島民報)。
「全町避難」になったりした、双葉町・大熊町は、東電福島に隣接し降り注いだ放射性物質で危険であり大きな健康被害が想定される為、区域指定されることになりました。区域指定の根拠になった放射線量は、それぞれ以下の数値でした。
避難指示準備区域 1~20m㏜/年
居住制限区域 20~50m㏜/年
帰還困難区域 50m㏜/年以上
双葉・大熊両町の場合「全町避難の解除」があり得るとすれば、前掲の危険とされる避難区域指定の根拠となった放射線量が、1m㏜/年を下回ることが条件であるはずです。しかし、双葉町・大熊町の場合で言われている「帰還困難区域の解除」「避難指示準備区域解除で同区域の設定もなくなる」の「解除」の何よりの根拠であるはずの、放射線量の数値については何に一つ言及されないままです。いわゆる「避難解除」は、政府の2014年策定の「帰還に向けた放射線リスクコミュニケーションに関する施策パッケージ」にもとづき、「そもそも初めから、『帰還させる』ことを最優先に」進められてきました。健康に対する影響が大きいと判断され「十分な健康影響対策をとる」とした結果の避難だったのに、取られたのは「健康不安対策」であり、更に結果的には放射線量という解りやすくかつ具体的に起こり続けていることが何かが明らかである、そして避難の根拠であった、放射線の数値はほぼ一切言及されないまま避難は解除されます。たとえば、首相が、政治の責任者として避難してきた人たちの避難指示の解除に言及することがあるとすれば、具体的な数値、具体的な根拠を示すこと、その場合何より求められるのは、避難指示の根拠になった数値が本来の人間の日常生活において許容される数値に下がった、だから避難指示は解除されることになった、だから安心して住んでいた町に戻って欲しい、「長い間の避難、ご苦労様でした」ぐらいのことは語りかけるべきなのです。
こうして、東電福島の事故で露わになっているは、政治家が苦難を強いられてきた国民に対して、本来の向い合うべき姿勢も言葉も持ち合わせていないことです。
東電福島の事故において、放出された放射性物質によって被曝する人たちの健康について根拠のある安全対策を講ずるのは「専門家」「科学者」「政治家」にとって当然の責任であったはずです。しかし、それはなされませんでした。全く逆に、被曝を前提にした「26日、国と県、両町協議/双葉『帰還困難』で初めて」という避難解除になり、その事の道筋を作り、かつ荷担しているのが「専門家」であり「科学者」たちなのです。
「専門家」というものは、それを自他共に言い得るとしたら、そしてそのことにおいて高度の知識を有するのだとすれば、自分たちが関係する領域のことに、客観的な評価に耐えうる提言をすることが求められるはずです。「科学者」が「科学」の名において世界と向かい合っているのであれば「同じ条件を満足するいくつかの例から導き出される普遍妥当な知識を積み重ねた知識を有する」ことが求められます。「政治家」は、自らの利益ではなく広く社会の中で客観的で、公平な政見をうったえかつそれを具体的な政策として実現させるのが職務・仕事であるはずです。「政治」「政治家」が必要な判断・政策を実行する時、いわゆる「専門家」や「科学者」が帰還は妥当か否かの客観的な評価を聞いてたとえば政策を実行するのは、東電福島の事故の場合何よりも必要であったはずです。首相の施政方針演説において「…双葉町、大熊町、富岡町の帰還困難区域における避難指示の一部解除」と言及する時、「解除」が「避難指示」となった要件の除去が明確に語られ、その結果の政治・政治家の決定であることを明示されなくてはなりません。その肝心の部分が語られないで「五輪・パラリンピック」が「日本全体が力を合わせて、世界中に感動を与える大会とする」だけが強調されるとすれば、「五輪・パラリンピック」は、東電福島の事故で避難することになった人たちの苦難と、事故から9年近く経った今も健康をおびやかされ続けている事実を隠す為の手段として使われていることになります。
東電福島の事故、原子力災害について、「政治家」「専門家」「科学者」があるべき役割、仕事について、少なからず逸脱している現状を、島薗進さんが以下のように言及しています。
「福島原発災害で露わになったのは『専門家』ではあっても『科学者』の姿勢に欠けた人たちが多々、公衆の前に姿を表したということだ。つまり『科学者』が『専門家』であることに満足してしまう現状という捉え方である。原発推進の過程と原発災害後の状況のどちらにおいても、新しい事柄に向き合わず、自らの前提を問い返さない専門家が目立ち、閉ざされた論が当たりまえのように行われてきた。はじめから結論が決まっているかのようにふるまい続け、異論を排除し続けてきている。これはこの分野の専門家の間で、科学の基本的な倫理性が失われていることを示している」(「原発と放射線被ばくの科学と倫理」島薗進、専修大学出版局)。
「双葉町、大熊町、富岡町の帰還困難区域における避難指示の一部解除に向け」と、施政方針で「演説」する時、50m㏜/年以上だから避難となった「科学」を根拠とする判断であるにもかかわらず、帰還困難区域の「避難指示の一部解除」は、「科学」を根拠とする数値は一切示されません。「専門家」「科学者」としての本来の役割を果たさないばかりか、むしろ逆に解除、帰還を前提とした「帰還に向けた放射線リスクコミュニケーションに関する施策パッケージ」の提示に、要するに放射線による健康影響は一切語らないことにおいて、健康がおびやかされる避難の解除、帰還に根拠を与えてしまいます。
現在も福島で起こり続けているのは、「科学の基本的な倫理性」を問わない人たちによる、事故現場であり事故対策です。それらを、地元の新聞から拾い上げると以下のようになります。
・12月21日、「中間貯蔵施設、整備費に4025億円、除染土壌搬入を本格化/前年度2倍」
・12月24日、「処理水放出、海洋と水蒸気/政府小委、2つの方法軸に議論」
・12月25日、「東電福島復興本社代表大倉誠氏に聞く/安全・着実に廃炉進める」「原発由来の放射性物質/セシウム3経路で淡水魚へ」
・12月26日、「トリチウム処理水、県内での放出反対根強く/実施場所の議論なし/大気放出難しい、原子力規制委員長が見解」
・12月27日、「避難指示の先行解除/双葉3月4日午前0時、大熊3月5日午前0時/国、県、両町合意」
・12月28日、「第一原発汚染水、2025年内に1日100トン以下、政府東電目標、雨水流入対策強化」
・12月30日、「ゼオライト処理課題/放射性物質吸着へ投入、2建屋、計20トン」
・1月7日、「凍土遮水壁、溶液漏れ」
・1月9日、「処理水巡る問題に言及、東電社長ら来社」
「核燃料取り出し開始、第一原発3号機で6回目」
・1月10日、「第一原発の凍土遮水壁問題、新たな漏えい可能性も」
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