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小さな手大きな手

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2006年02月04週
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 ズルズル滑り降りたりする程度のスキーと、おそるおそる滑る程度のスケートだったらできます。楽しむなどとは程遠くって、滑り終わってほっとする、疲れるスキーで、スケートです。ですから、急斜面を急角度でとんでもない速さで回転しながら滑り降りる、デコボコの急斜面をヒザだけの動作で滑り降りたりするスキー、そもそもがツルンツルンの氷の上を自在に滑ったりする人たちのことでは、文句なく感心してしまいます。極限のスピード、極限の動きを、一方で完全にコントロールしてしまう力がすごいのです。(聞くところによれば、そうしてスキーないしスケートでスポーツをしている人たちには、普通では考えられない金がかかっているのだそうです。だとしても、あんなことが出来てしまうのは凄い。)
 そんな人たちの名人中の名人、実力の迫る人たちが、たった一回のチャンスで勝ち抜いて行くのも並大抵ではないはずです。はずのことを、この人たちがやり抜いて名を残して行く様子に驚いて、それって何なのだろうと思ったりするのです。オリンピックの為だったら、4年間、8年間もの間、そんな自分であり続ける人たちのことでも驚いています。そして、いざ本番の時には自分よりすごい人がいて、多くの場合の多くの人たちは、その他大勢になってしまいます。“女子”で4位になった“25歳”になった人(新聞は、どうして必ず年齢のことをかくのだろうか)には、オリンピックの“次”なんてすぐにはあまり考えられません。なのに、“・・・次の目標?”を、直後に聞いたりする質問者はいったい何を考えているのだろうか。結果として、その他大勢になった自分の実力を納得するよりないことの厳しさに、この質問者は考えたりはしないのだと思う。“女子”で1位になった“24歳”日本選手も、1998年から8年目になる今回のオリンピックまでの長い長い道程がありました。それも、極限の演技の為の極限の練習を自分の限界と闘いながらの道程を経て、そこにたどり着きました。で、「・・・昨年12月、04年世界選手権直前から組んだタチアナ・タラソワ・コーチからニコライ・モロゾフ・コーチへ、五輪シーズン途中のコーチ変更。日本スケート連盟の敷いたレールの上を進んできた荒川が見せた初めての強い意志だった」(2月24日、朝日新聞)ということもあったのだそうです。極限の演技の為の極限の練習などというものは、誰かの為ではなくそこに自分の意志がなければ続けられるはずはありません。「・・・有名コーチに師事。早熟の天才は、連盟の言われるままに従った・・・」のではなく、「・・・だが、30メートル×60メートルのリンクに立てば頼れるのは自分だけ・・・、コーチを変えたのに続き、プログラムも変えた。一番好きな曲で滑りたかった」(朝日、同)結果、名を残すことになりました。この人たちは幼い頃発掘された特別の才能を、特別に育てられてここまで辿りついたとのことです。しかし、そのスポーツに明け暮れる日が続きその力が試される時がきて、例えば敗れるという経験をすることがあります。その時人は、家畜のように育てられたのでは越えられないもののあることを体験するはずです。迷って悩んでそこから外れるか、極限の演技の為の極限の練習に戻るかの岐路があって、そこを繰り返し越えなければならない日々が待っています。そうして名を残すことになった人には、そこにいるだけで安らぎのようなものがあるように見えました。しかし、たとえ特別の才能を特別に育てられたとしてもそこに立てる人は極々限られた例外で、ほとんどはその他大勢の人を生きることになります。

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