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2020年08月05週
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この危機を乗り切る方法は
私たちが一体になること
コロナウィルス渦中に芽吹く相互扶助 ①

レベッカ・ソルニット 渡辺由佳里訳

今起こっているこの災害のさなか、数え切れないほどの思いやりと連帯の行動を目撃している。この寛大さの精神こそが、私たちをこの危機から抜け出させてくれ、より良い未来へと導いてくれる。

 人々が狼藉を働くのはニュースの定番であり、パンデミック(㊟)はその生々しい例を嫌というほど見せてくれる。アメリカだけでも、銃を持った人々がミシガン州議会前でロックダウンを終えるよう求めて抗議し、ワクチン反対派の女性らがカリフォルニアの州議会前で大暴れし、ご都合主義者が除菌ジェルを買い占めて利益のために再販売している。
 災害についてよく使われる常套句のひとつは、文明とは薄っぺらなベニヤ板に過ぎず、災害はそれを剥がして、その下にある残忍な人間の本性をさらけ出すというものだ。この観点からは、危機的な状況に置かれたほとんどの人に期待できるのは、最善の場合でも利己的な無関心ということになる。最悪の場合には彼らは簡単に暴力を振るうだろう。ゆえに、私たちが持つ最悪の本能は抑制されなければならない。というのが、権威主義と高圧的な警察の取り締まりの正当化になる。
 しかし、歴史的な災害の研究からは、たいていの人は実際にはそのような行動をとらないことがわかっている。ほぼいつでも利己的で破壊的な人は存在し、そういう人々が往々にして権力を握っている。なぜなら、そういう性格と道義心を持っている人たちに見返りを与える制度を私たちが作りあげたからだ。けれども、一般的な災害においては、大多数の人々は利己的とは程遠い行動を取る。そして、どうしてもベニヤ板をたとえに使わなければならないとしたら、それが剥がれたときには創造的で寛大な利他主義と素晴らしい草の根運動の組織が顕になるだろう。世界的規模のパンデミックにおいては、こういった他者への共感への衝動や行動は、より幅広く、深く、これまで以上に社会的に重要である。
 十数年くらい前には、「相互扶助」という用語を使っていたのは、私の知る限り、アナキストか学者くらいのものだった。どういうわけか、最近ではそれが一般的に使われるようになり、パンデミックさなかの現在は、ありとあらゆる場所で耳にする。相互扶助とは、一般的には連帯と相互依存の精神で提供される援助を意味し、多くの場合は苦闘しているコミュニティの内部から来るものであり、援助された者をエンパワーし、解放と社会改革を見据えたものである。一般的には、ボランティアの連合が復興、食糧配給、抵抗運動の野営地の支援などの取り組みを行うことを意味した。この世界的規模の危機で非常に際立つ側面のひとつは、援助と連帯の形態がいかに多いかということだ。私たちが目撃する組織作り、ネットワーキング、企画、寄付、支援、アウトリーチといった新しい形態の寛大さは数え切れないほど多く、さながら利他的な関わりの「スーパーブルーム」である。
 この取り組みは、空っぽの学校、商店、街路、オフィスといった大規模な撤退によってさらに困難になった。そして、この撤退そのものが、コミュニティと自信の安全のために何十億の人々が実行した撤退であり、利他主義の実践なのだ。初期の段階では、私たちは連帯のために共有している空間から撤退した。一丸となるために互いから離れたのだ。大量死を受け入れる代わりに、ビジネスや学校の閉鎖、自宅待機という形で、私たちは前例のない経済的な損害を意図的に作り出した。
 3月には、アメリカの多くの中小企業経済者とサービス産業の従業員が、いくつかは公式の命令が下る前に、事業、つまり生活の糧を自主的に閉鎖(シャットダウン)した。4月には、ジョージア州知事がビジネスの再開を呼びかけたにもかかわらず、アトランタ市と周辺地域の50のレストランのオーナーたちはそれを公の場で拒否した。彼らは団結して地元新聞にこのような広告を載せた。「現時点では、我々のダイニングルームを閉鎖したままにしたほうが、従業員、お客様、コミュニティ、我々の業界にとって最善策だと同意しています」
 一部の人にとって自宅に籠るのは精神的な負担かもしれない。だが、他の人にとっては、それは経済的な破産を意味する。公益のために自分の経済的な安定を犠牲にするのは、世界中の人々が行った厳粛な誓約だった。これは、この危機がほかの危機とはっきり異なることのひとつだった。なるべく自制し、行動せず、どこにも出かけず、活動を継続しないということもまた、公共心に基づいた寛大な行為だったのだ。これは、公益のための自発的な犠牲である。けれども、人々はそれ以上のことをしている。

㊟パンデミック:ヨーロッパ語にペンデミック(pandemic)という言葉がある。エピデミック(epidemic)から派生した語だと考えられるが、この「エピデミック」は、デモクラシーの語源がある。「民衆(デモス)」(ギリシア語のdemos)に基づいており、「人々の間に広く行きわたる」という意味である。したがって、「パンデミック」というのは、病気が「世界的な規模」で流行する状態を指している」(「ペスト大流行」村上洋一郎、岩波新書)。
「文藝2020 秋号」より
(次週につづく)
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