(前週のつづき)
そうであるのに、自動小銃や機銃を子どもたちが生活する真っ只中でもむき出しにすることを止めて欲しいとの沖縄島の人たちの「心」からの願いは踏みにじられ続けています。「心」を踏みにじっているのに、自分たちの心を振り返ったりはしなくても済ませているのが、ヤマト・日本人です。「米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の同県名護市辺野古への移設などをめぐり、国会では、安倍前政権時に沖縄基地負担軽減を担当してきた菅義偉首相の姿勢が問われている。地元(沖縄県民)の反対を押し切って移設を進める首相は『沖縄の心に寄り添う』と主張する。その言葉はどう沖縄に響いているのか」(2月18日、朝日新聞)。「…心に寄り添う」という場合の心が、本来の意味の「心」であるなら、誰か他者の、たとえば心で生きる沖縄島の人たちの「心」に、いくばくかは「心」で応答するということが起こるはずです。「心」ある人は誰であれ、「心」というものを、そうしたこととして理解し、生きてきました。ですから、沖縄島の人たちの「心」からの願い訴えに、「辺野古移設が唯一の解決であることに変りない」とし、更に「米国は理解している」などと言ったりしないはずです。「心」というものは「心」からの願い・訴えに少なからず動かされ、たとえ決まった方針であっても、何か別の道を探る努力、そしてそこからの言葉が生まれるはずです。一顧だにしないということは、あり得ないのです。「心」があるなら。
その辺野古(安和、塩川)では、新基地建設工事阻止の、激しい戦いが続いています。そしてそんな「激しい戦い」の現場であっても、沖縄島の人たちはもちろん、力ずくで立ちはだかる人たちの「心」であっても、粗末に扱うというようなことはしていなかったように思えます。
辺野古新基地建設阻止の座り込みの現場は、その日によって集まってきた人たちは、暗黙の了解で、その日のリーダー役の人の指示に従うことになっています。当然、統制が取れていないと言うか、てんでばらばらでなくはないのですが、それでも成り立っているのは、リーダーを中心とした沖縄島の人たちの「心」のつながりが、中心になる働きとしての座り込みであるからのように思えます。だからと言って、ただ優しく座り込んでいる訳ではありません。リーダー役の一人である伊波義安さんは「激しく座り込むように」と指示します。で、「激しく座り込むって、どうするんだろう??」と思ったりするのですが、たとえばそれは、こうしてくる日もくる日も、100日、1000日と基地の無い島を願って座り込まざるを得ない現実への、理解、共感が求められる時の「激しく座り込む」なのだと思えます。で、足りないながら「座り込めここへ」を歌って、激しく座り込んできました。
・2月27日 「遺骨残る土『使わせぬ』」、1日からハンスト、ガマフヤーの具志堅さん/空地に利用『非人道的』」
・3月17日 「『土砂採取断念求めて』県内議会に意見書要求/具志堅さん訴え」
・3月30日 「AC130攻撃機嘉手納に飛来」
・4月2日 「沖縄戦遺骨の身元判明、DNA6列目、証言手掛かり初特定」「重機つり上げ飛行、読谷で米ヘリ目撃」
・4月3日 「普天間3日連続米軍機深夜着陸、オスプレイやヘリ」「中国船2隻が尖閣領海侵入」
・4月5日 「遺骨発掘作業を終了、本部健堅『故郷に帰す会』」
(25日につづく)
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