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2021年06月01週
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先週よりのつづき
・4月14日 「処理水、海洋放出決定、政府、2年後、第一原発から」
・4月20日 「東電、賠償窓口を開設、風評対策徹底する前から」「賠償ないよう風評対策を、知事」
・4月24日 「『風評担当理事』を新設、県組織改編、国、関係部署の調整役」

 この政府による汚染水の海洋放出決定について、「地元理解なき海洋放出」(5月31日、朝日新聞、福地慶太郎、福島総局)は、処理水(ではなく、汚染水‼)を前提に、以下3点を軸に報道しています。

・政府は2年後をめどに東京電力福島第一原発の処理水を海に流して処分すると決めた
・処理水に反対する人が多い背景に、政府と東電への根強い不信感がある
・信頼を回復し、処理水や廃炉の難題を解決するには、住民との対話が求められる

 ここで、「処理水」と言われているのは、東電福島の重大事故で、環境中に放出された放射性物質、その「毒」のうち、セシウムと多核種を取り除いて、敷地内の別の場所に一旦は移し、残った「処理不能」の放射性物質トリチウムと処理後も残っている多核種が含まれている「汚染水」です。軽く、そして言われている「処理水」は、ですから、事実と言うか正確には依然として「汚染水」です。
 ですから、この表で示されている、「処理水」は、正確には「処理後の汚染水」です。そしてもし、それが「処理水」と言い切れるのであれば、そしてそれが一般的に水道の蛇口から出てくる飲料水と同じように安全なのであれば「海洋放出」ではなく、そのまま、ペットボトルに詰め「現地、直接採取・東電福島水」として売り出したりしてもいいはずです。なのに、風評を気にし、東電はと言えば、風評問題対応の「賠償窓口を開設」、事故後の困難を今も強いられる福島県はと言えば、「『風評担当理事』を新設」したりしています。そして、「2年後をめどに東京電力福島第一原発の処理水を海に流して処分すると決めた」のは「政府」です。
 もし、「海洋放出」をするのであれば、事故の当事者である東電が、汚染水を「処理」した結果、一般に飲料水と同じくらい、(いいえ、全く同じ)安全であることを、科学的かつ具体的な根拠を持って明らかにし、その上で海洋放出を「住民」に求めるのがスジと言うものです。
なのに、なぜ「政府」で、「政府」だったら、それが決められてしまうのか。
 もし、汚染水が「処理済み」で安全なら、海洋放出の必要はありません。飲料はもちろん、なんだって使えたはずです。しかし、使いませんでした。それどころか、当初大急ぎで集めた組み立て式のタンクが漏れる、漏れないで問題になり、溶接式のタンクに汚染水を移し替えざるを得なくなりました。それはそれで、大変だったのです。それらの過程で、漏れ出した汚染水をどう処理するかなども、大きな問題になったりしました。一旦は使用済みとなった組み立て式タンクも、それが汚染されている為、その処理、対応にも困るということも起こったりしています。
 要するに、すべては処理済みではなく、処理不能に汚染されたままなのです。ですから、政府によって決めたとされる「海洋放出」も、汚染水の海洋放出です。
 そして、残る心配は「風評」だけということになっています。
 でも、「風評」ではなく、海洋放出で起こるのは明らかでかつ現実の放射性物質による「海洋汚染」です。
 なんだか、「冗談」としか見えないのですが、「放射性物質のトリチウムは残るが、法定基準の40分の1以下の濃度まで下げ」た「処理水」、処理水という名の放射性物質を含む汚染水は、「安全」だということになって、海洋に放出されます。決して、ペットボトルに詰めて「飲料」にということにはなりません。「海洋放出」です。で、海洋放出された、「安全」とされる処理水という名の汚染水(トリチウム及び処理後も残留している放射性物質)は、放出される福島の海で泳ぐお魚さんの「飲料」になります。お魚さんは、海の水をどんな具合に「飲料」するのか知りませんが、「飲料」というよりは、ほぼ海と一体なのだと思います。そこに、トリチウム及び処理後も残留する放射性物質を含む汚染水が、大量に放出されます。1000トンのタンクの汚染水を、40分の1に薄めると、どれだけの水(たぶん海水)が汚染水になるのか、あんまり計算したくありませんが、途方もなく多いのです。
 途方もなく多い、人間には決して飲めない、飲ませることのない汚染水の中を、汚染水を放出することになる福島の海を、お魚さんたちは泳ぐことになります。
 そんな海も、そんな海を泳ぐ魚も安全ではないとなったら、それは果たして「風評」なのだろうか。お魚さんたちは、たぶん、黙っていると思う。でも、そのお魚さんを相手に仕事をし、誰よりもそのお魚さんを食べる、要するに、人間には決して飲めないし、飲ませたりしない汚染水の中を泳ぐことになるお魚さんで漁をしている人たちは、どんな意味でも「風評」であり得ないのは明らかです。飲めない水の中を泳ぐお魚さんは、食べたくないし、食べて欲しくないのが、「漁師魂」というものです。

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