いわゆる太平洋戦争が、いわゆる連合国が突き付けた「無条件降伏」、それを受け入れる「敗戦国」となって、実際上の戦争・戦闘が終結するのが、8月15日です。無条件降伏の「条件」の中には、今後戦争という手段を一切行使をしないということも明文化されていました。
そうして「敗戦後」の日本という国のあり方も拘束する条件のもとに成立するのが、日本国憲法であり、かつその成り立ちと言うか条件にあたるものが、「前文」にも書かれています。そうして1947年に成立した日本国憲法は、戦争のみならず、戦争の手段となる軍隊の放棄にまで及んでそれに言及、明文化します。以下、前文及び憲法9条です。
日本国憲法
(前文)
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その権利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人類相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則にしたがうことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力を挙げてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。
第2章 戦争の放棄
第9条〔戦争の放棄、戦力及び交戦権の否認〕①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
②前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
9条を含む日本国憲法が制定されるその時の日本は、連合国、主としてアメリカ合衆国の統治下にありました。統治の主体はアメリカであり、その実体はアメリカ軍による統治・支配でした。その統治・支配から、形の上で「独立」するのが1951年の「サンフランシスコ対日講和条約」の調印です。時を同じくして調印されるのが「日米安全保障条約」いわゆる安保条約です。安保条約は1960年に改定され、更に1970年に改定され今日に到っています。いわゆる「日米同盟」です。確かに、サンフランシスコ条約によって、アメリカ軍による統治・支配が終わりますが、時を同じくして日米によって安保条約が調印された結果、いわゆるアメリカ・アメリカ軍による統治・支配が実質的に続くことが安保条約から読み取ることが出来ます。日本は国としてそれを了承しています。
明記するのが、安保条約第6条です。
第6条
日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される.
前記の施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の地位は、1952年2月28日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基く行政協定(改正を含む。)に代わる別個の協定及び合意される他の取極めにより規律される。
で、「アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される」とすれば、連合国アメリカ軍による統治・支配の形はサンフランシスコ講和条約と時を同じくして調印された安保条約によって、実質的に続くことを意味します。6条は、安保条約第3条に基づいていますから、日本国憲法を保持する日本の立場、中でもその前文、第9条のあり方に大きな影響、ないしはその何よりの本質をないがしろにする意味を持っています。いいえ、前文及び第9条を実質的に「空文」にしてきたのが、安保条約、日米同盟なのです。
(次週につづく)
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